ドーナツの穴

twnovelを元に書いた小文を折本にしたり、EPUBにしたりします。うろ覚えな話もします。

第28回短編小説の集い「のべらっくす」に参加しました

なかなか寒さが抜けません。桜の満開はいつになるのでしょうか。

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novelcluster.hatenablog.jpはてなブログでの募集は今回で終了になりますが、新たに「note」で企画を開催されるようです。ますますのご活躍を!

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お題「桜の季節」で書きました。(4000字弱)

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花は桜木

 走行中の車内に三人の男が黙している。
「ションベン」
 マサルが助手席の窓を叩いた。ハンドルを握っていたシンジは顔をしかめる。
「今?」
 後部座席のシゲルは居眠りしていた。三人は高校の同級生である。
「今」
 急停止したミニバンの反動に揺すぶられ、シゲルが目を覚ました。
「着いた?」
 欠伸を漏らしながら二人に尋ねる。
「まだ。マサルが便所だって」
 無言でドアを開けるマサルの代わりにシンジが答えた。
「じゃあ煙草、喫ってくる。中だとオジサン、怒るよな?」
 シゲルは後部座席のドアに手をかける。
「うん。親父は煙草ダメ」
 シゲルに続き、シンジも外に出た。二人は寒さに身震いする。桃の節句を過ぎたにしては、ずいぶん寒い夜だった。雲は見えず、南の空に満月が輝いている。しかし、星の光はなかった。
「一気に行きたかった」
 呟くシンジを横目にシゲルはジーンズの尻ポケットを探る。
「遺跡ホテル? 何で?」
 煙草と百均のライターを取り出し、一本くわえた。
 道路脇へ寄せたミニバンの車体を擦る勢いで大型トレーラーが通りすぎていく。車両重量は法の制限を軽く越えているだろう。脅かすような警笛が遠ざかるのをシゲルは見送った。
「決意が鈍る」
 新道が完成してから旧県道は急速に寂れている。利用者は激減し、過積載の大型車両の抜け道と化していた。
「決意?」
 戻ってきたマサルがシンジの肩を叩く。
「汚ねえ! 手を洗ってないだろ!」
 マサルから一足飛びに離れ、シンジは何度も自分の肩を払っていた。
「立ちションだからな。それよか夜中にわざわざ呼びだしたんだ。俺とシゲルに集合かけてきた理由を教えろよ」
 マサルは掌を申し訳程度にジーンズへ擦りつけている。
「うん」
 車の後部に回り、シンジは二人へ手招きした。
「見てもらったほうが早いと思うから」
 マサルとシゲルが見守る中、トランクのキーを差しこんだ。

 トランクにはビニール袋とスコップ、長辺が五十センチほどのダンボールが入っている。
「何だ、これ?」
 マサルはダンボールを訝しげに見やった。
「ポチ」
 ダンボールの蓋をシンジが開く。ダンボールの中には、汚れた毛布が丸められていた。
「親父が間違って車をバックに入れちゃって犬小屋に突っ込んだ」
 シゲルとマサルは顔を見合わせる。ポチはシンジの飼い犬だ。
「埋めてやろうと思って」
「マジで? オジサン、立派な殺し屋だな?」
 止める間もなくマサルが毛布を剥ぐ。生きものの最期の悲惨が月光に晒された。
 ポチは頭を左、右側面を下にして横たわっている。確認できる範囲で三箇所、骨が皮膚を突き破っていた。体毛は血液で黒く濁り、アスファルト状の固まりに変貌している。目、鼻、口から血を流し、舌は力なく垂れ下がっていた。
 背後のブロック塀と車の間でポチは犬舎とともに圧潰している。ほぼ即死だった。
 マサルが短く悲鳴を漏らす。
「何だよ、これ!」
 鼻白んだシゲルの声にシンジはため息を吐いた。
「だから、ポチだって」
 マサルは身を屈めて数時間前に食べたジャンクフードを地面へ吐き出す。シゲルの顎は下がり、くわえていた煙草が吐瀉物の中に落下した。
「自分が悪いんだよ」
 シンジはポチの残骸を丁寧に毛布で覆い、トランクを閉める。車体下部の塗装は削れて金属部分が露わになっていた。

 遺跡ホテルというのは、もちろん正式名称ではない。施工途中にある建造物を古代の神殿に見立てる学生の愚だ。
 当該建造物は、日本の経済成長が著しかった数十年前に着工された観光ホテルである。しかし、基礎工事の半ば経営母体が業績不振に陥った。後に第三セクターの所管となるも工事は一向に進まず、現在に至っている。
 林の伐採、整地、私道の整備は完了していたため車の乗り入れに支障はなかった。私有地である由の警告板とともにフェンスは内側に倒されている。マサルとシゲルはビニール袋とスコップ、シンジはダンボールを抱えフェンスを踏み越えた。
「庭にでも埋めりゃいいだろ?」
 マサルが不平を漏らす。
「親父がダメだって」
 ホテルの東側にあたる雑木林の一角にシンジはスコップを突き立てた。ダンボールは無造作に足もとへ置かれている。
「それに、ここなら桜が見れるし」
「桜?」
 シゲルは周囲の樹木を仰いだ。葉はなく丸裸の枯れ木である。整地後、植樹された庭木だろうが、種類までは判別できない。
「そう。前に連れて来た時、喜んでた。まだ子犬だったから十年くらい前かな? シゲルとマサルも一緒だったよ」
 シゲルは首を捻るばかりだ。
「俺、覚えてる! 俺の兄貴もいたよな?」
 マサルの大声に二人は飛び上がった。
「……みんな、いたと思うけど」
『みんな』という言葉がシゲルの記憶を呼び覚ます。
 小学校が春休みに入って最初の土曜日だった。シゲルは、耳をつんざく騒音に叩き起こされる。それがクラクションだと気付いたのは、車に乗り込んだ後だった。
 マサルとシンジが後部座席を陣取っていたが、身を寄せてシゲルの場所を空けてくれる。運転席のコウジがシゲルのほうへ振り返った。
「花見に行くから」
 コウジは年の離れたマサルの兄である。シンジの足元にいた子犬が座席へ這い上がってきた。

「コウジさん。あれから、連絡あった?」
 シゲルの言葉にマサルはビニール袋を前後に揺する。
「ない。最初は、年賀状が来てたけど」
 遺跡ホテルでの行楽の後、コウジは勤めに行くと家を出たきり帰ってこなかった。
「俺は手伝わないぞ!」
 マサルがシンジに声をかける。無心にスコップを振い、シンジは地面を掘り進めていた。
「いいよ。俺の犬だから」
 シャツの袖で顔を拭っている。
「バカなんじゃねえか、あいつ」
 口を開きかけたシゲルの携帯端末が着信を告げた。しばらく応対し、通話を切断する。
「誰? 女?」
 シゲルは頷いた。
「うん。写真を撮って送れって」
「何で?」
「他の女と一緒じゃない証拠」
 シンジのジーンズからバイブレーションの起動音が響く。続いてマサルも携帯端末を取りだした。二人は、携帯端末に向かって会話を始める。
「写真いるわ」
「俺も」
 フレームに三人で納まり、交替にシャッターを切った。

「しかし、よく掘ったな」
 穴の底にダンボールを安置しているシンジにシゲルは呆れた声を出す。
「掘った」
 穴の深さは五十センチ弱だが、整地してから三十年近く人の手の入っていない土地だ。掘削が容易でないことは誰の目にも明らかである。
「これもいるだろ?」
 スーパーのビニール袋をマサルが手渡した。シンジはビニール袋からペット用の食器と遊具を手にとり、ひとつひとつダンボールの中に並べる。
「線香まであるのかよ」
 ビニール袋に残っている細長い箱にマサルは目をやった。
「母さんの仏壇から持ってきた」
「ちょっと待て!」
 土をかけ始めたシンジをマサルが押し退ける。穴へ屈み込んだ。毛布をめくったかと思うとポチの遺体を撮影し始める。
「マサル。止めろって」
 マサルの腕をシゲルが掴んだ。
「邪魔すんな! こんな機会は滅多にないだろ? 記念だ、記念」
 シゲルを振り払って携帯端末のシャッターを切る。
「止めろ、バカ!」
 シンジがマサルを突き飛ばした。マサルの携帯端末を争って、もみ合いになる。二人は地面の上を転がった。
「もういいだろ? いい加減にしろよ」
 うんざりしながらシゲルは二人をなだめる。その時、機械音が響いた。続いて着信音が流れる。シンジとシゲルは自分の携帯端末を取りだした。
 マサルからの着信である。
「……ヤベー」
 マサルの液晶画面に送信完了の由が表示されていた。
「緊急連絡簿に送っちまった」
 メッセージを開いたシゲルの目に血にまみれ息絶えている犬の姿が飛びこんでくる。
「これをクラス全員に送ったのかよ?」
 頷くマサルに二人は、かける言葉がなかった。

 ダンボールに土をかけ、線香に火を点す。シンジとシゲルの脇でマサルはポチの写真を削除していた。
「マジでヤバいよな? どうしよう?」
 マサルはポチの墓前に手を合わせる二人の前を右に歩いては左へ取って返す。
「気にすることないって。春から東京に行くんだろ? 関係ないよ」
 すでにシンジは機嫌を直していた。
「それもそうか。四月になったら、こんな田舎とはオサラバだった」
 マサルは親類の整備工場に就職が決まっている。
「でも、クラスのヤツらから一生、言われるな? 本当にバカやったよ」
 堪えきれずにシゲルは腹を抱えた。
「笑い事じゃねえ!」
 怒鳴るマサルにシンジも吹きだす。
「シゲルも大学だし。みんないなくなっちゃうな」
「休みになったら戻ってくるよ。それにシンジは次期社長だろ? 家のガソリンスタンドを継ぐんだから」
 膝をつき、シンジは埋め戻した地面を掌で平らにならしていた。
「あんな小さい店、社長とかない。笑っちゃうよ」
 後にシゲルは考える。あの時、シンジは、何か言いたいことがあったのではないか。
 携帯端末の液晶画面に映るシンジは、シゲルとマサルの間で笑っているだけだ。

 数週間が経ち、シゲルは早朝の光の中、列車に乗り込んだ。足もとへ旅行鞄を置いて車窓越しに故郷を眺める。
 ポチを葬った翌日、シンジはガソリンスタンドの売り上げを持ち逃げし、姿を消した。行方は杳として掴めず、父親は警察に届けを出さない。代わりに従業員を解雇した。
 マサルは、卒業式を待たずに出立している。
 親許を離れ、シゲルの大学生活も始まろうとしていた。
 列車が動きだし、風景が流れる。その中に紅を含んだ白い集まりが見えた。シゲルは思わず、席を立つ。その場所が遺跡ホテルであるのか、果たして桜の花なのかどうかもわからなった。しかし、今もあの木々の間に埋もれ、ポチは静かに朽ちている。(了)

90年代ドラマ風。「花咲かじいさん」にアイデアを得て書きました。

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