ドーナツに穴

ドーナツの穴

twnovelを元に書いた小文を折本にしたり、EPUBにしたりします。うろ覚えな話もします。

映画「ソング・オブ・ザ・シー」感想

そろそろ夏休みの終わりが見えてきました。

内容詳細


アカデミー賞長編アニメ候補作『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』予告編

アイルランドの神話をベースに、妖精の母と人間の父の間に誕生した兄妹が繰り広げる冒険を描 くアニメーション。主人公の少年と妹が、失われつつあるマジカルワールドへと足を踏み入れる姿を映し出す。監督を務めるのは、北アイルランド出身で、本作 が2作目のアカデミー賞長編アニメ賞ノミネート作となったトム・ムーア監督。彼らの冒険の行方と、映像美に引き寄せられる。(シネマトゥディより)

www.cinematoday.jp

前置き

今回はアニメーション作品を扱います。

アイルランドの海と空を表す色彩の豊かさ、円を基調にした秀逸で愛らしいキャラクターデザイン、そしてなによりBGMの美しさが魅力的な作品です。また、特筆すべきは、この映画が純然たるジュブナイルとして成立している点でしょう。

家族愛、自然の尊とさ、土地に根づく神話の不思議など、さまざまな読み解きが可能ですが、主人公の視点を借りて所感を述べたいと思います。

ネタバレ

まず、印象として『クリスマス・キャロル』と類似する構造を持った物語ではないかと感じました。

主人公であるベンは、妹とともに灯台守の父親と暮らしている少年です。六年前、母親は生まれたばかりの妹を残し、亡くなっています。

母親は息子であるベンに土地の神話を語り、歌を教えていました。しかし、彼は、この神話を作り話だと信じていません。ベンは非常に現実的です。そのため母親の死の原因を妹に求め、責めています。

神話の匂いの濃い物語の中でベンは、もっとも現代人に近いキャラクターと言えるでしょう。

現実主義者のベンに倣うように僻地にある灯台の周囲の自然に神話時代の面影はわずかです。灯台が設置されていることから、かつては漁船で賑わっていたものと考えられますが、現在は船影ひとつ見えません。

監督の故郷、北アイルランドも同様に漁獲量が減り、漁師が害獣としてアザラシを屠殺している現状にあるようです。劇中、ひさしぶりにアザラシを目にした渡し船の船長の驚きは、自然の衰退と回復の兆しが描写されているのではないかと思いました。

魚がいなくなったのは、アザラシが食べるから。母親が亡くなったのは、妹のせい。本当の答えはどこにあるのでしょうか。

現実的な思考は大事です。しかし、それに拘泥するあまり短絡的、近視眼的になり過ぎてはいないか。問いかけはエピソードに覆われ、物語の底に沈んでいるような気がしました。

さて、ベンと妹のシアーシャは神話的な試練の末、魔女と対峙するのですが、上映中の作品ということもあり、詳細は控えたいと思います。(ネタバレになってない。すみません)

▼ぜひ劇場で!

songofthesea.jp

余談

本作の監督トム・ムーアは『ブレンダンとケルズの秘密』の監督でもあります。

『ブレンダンとケルズの秘密』は、アイルランドの至宝「ケルズの書」が制作される経緯を幻想的なタッチで描いた映画です。叙事詩としての要素が色濃く、ストーリーは希薄ですが、絵本のような美しいデザインは一見の価値があると思います。


予告編「ブレンダンとケルズの秘密」

自分は、この作品を見た後、いつも悲しい気持ちになります。それは、何もかもが上手くいかず、ケルト文化の結晶である本だけが残るという物語のせいではありません。

アイルランドの人たちは、この結末をあらかじめ知りながら見ているのだと考えるからです。