ドーナツに穴

ドーナツの穴

twnovelを元に書いた小文を折本にしたり、EPUBにしたりします。うろ覚えな話もします。

第9回短編小説の集い「のべらっくす」に参加しました

文体診断のロゴーン先生に「小林多喜二」「浅田次郎」「太宰治」を激推しされるドーナツです。いつも文章が硬いとお叱りをいただくのですが、どうしたらいいものか途方に暮れます。

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ご意見、ご感想ありがとうございました!
今後の作品に生かしていけるよう頑張ります。

参加作品

お題「雨」で書きました。(1800字強)

此岸

 図書館の入り口に休館の札がかかっている。
「ふざけんな!」
 牧野正(まきの ただし)は、閉鎖された自動ドアに蹴りを入れた。真新しい中学校の制服は汚れ、雨で湿っている。
「正。鼻血」
 同級の佐竹が正面玄関の庇の下へしゃがみ込み、正を見上げていた。彼の顔は、打撲による内出血で様々な色合いを帯び、腫れあがっている。
「誰のせいだ。バカ」
 正は袖で鼻血を拭った。
「バ、バカ? バカじゃねーよ! 人より、ちょっと遅れてんだよ!」
「それをバカって言うんだろ? おまえを見てると生きてるのが嫌になってくる。悲しくなるんだよ」
 佐竹は俯き、『バカじゃない』と繰り返している。体を断続的に揺すっていた。
「来ないな」
 雨が正の耳と視界を塞いでいる。ひどい降りようだった。
「駅のほうへ戻ったか?」
 哨戒していた正の緊張を空腹を示す音が挫く。
「腹減った」
 佐竹は言葉の反復を止めていた。
「……俺は、おまえが羨ましいよ」
「でも、正。あいつら。俺のことバカだって言うんだ」
「それで、殴ったのかよ?」
 頷いている佐竹の背中を正は靴底で押しやる。
「今、騒ぎを起こせないんだ。わかるだろ?」
 正の母親の再婚話が進んでいた。相手は大学出の銀行員である。
「逃げられてみろ? ババアに一生、愚痴られんだぞ? 俺の身にもなれ」
「なんで、あいつら。来るんだろ? 川向こうに居ればいい」
 二人の会話はかみ合わなかったが、正が折れた。
「殴れるからだろ? 女も引っかけ放題だしな」
 川を挟んで経済の格差が生じている。周辺の中高生は互いに陣地を守備し、概ね不干渉を保っていた。しかし、警察の睨みがきく、駅前の繁華街は中立地帯である。
 両者の衝突による小競り合いが絶えなかった。

 雨は、止む気配がない。正は携帯端末を取り出した。
「嘘だろ?」
 画面にひびが入り、ブラックアウトしている。電源を操作しても、まったく反応がなかった。
「クソ!」
 正は、携帯端末をコンクリートに叩きつけそうになる。それを見て笑っている佐竹を数回、叩き、どうにか腹をおさめた。
「……痛いなあ。なんでぶつんだよ? 俺、痛い」
 自分の顔を擦り、佐竹は悲鳴を上げる。打撲痕にヒットしたのだろう。
「そうだ、俺。俺さ。次に会ったら、あの女をぶん殴ろうと思う」
「女?」
 駅前のゲームセンターの裏道で、佐竹を殴打した少年たちに二人の少女が侍っていた。彼女たちの笑い声が正の脳裏によみがえる。
「あの女、嫌いだ」
 アイシャドウの粒子が少女の瞼の上で真珠層の輝きを放っていた。
「どっちだ? オッパイのデカイほう? あの子、何もしてなかっただろ?」
「でも、殴る。殴る、殴る」
 佐竹は言い出したら聞かない。
「……そうかよ。だけど、殴るのは止めろ。せめて引っ叩くくらいにしとけ。わかったな?」
「なんで?」
「拙いんだよ、いろいろ」
 離婚する直前まで父親は、正の母親を押さえつけ、暴行していた。思い出して正は顔をしかめる。
「刑務所って知ってるか? 逮捕されて閉じ込められるんだ。そこじゃ、看守に毎日、殴られる。そんなの嫌だろ?」
 佐竹は驚き、目を瞠っていた。
「うん。俺、殴られるのは嫌だ」
 佐竹が本当は何を考えているのか。それは、正にも見当がつかなかった。

 正の掌にある携帯端末が唸りを上げる。一時的な故障だったのだろう。相手は母親の英子だった。
「二人とも、どうしたの? その顔?」
 車で迎えに来た英子は目を丸くしている。
「階段から落ちた」
 英子は、息子の答えにため息を吐いた。
「病院へ行きましょう。佐竹君も乗って。お母さんは、もう出勤されてる?」
「病院? 行かない。俺、行かない。小母さん、俺。行かないよ」
 立ち上がった佐竹は、落ち着きがなくなる。同じ言葉を繰り返しながら、手を開いたり、閉じたりし始めた。動作は、聾唖者の指文字に似ている。
「母さん。無理だよ。嫌がってる」
「……佐竹君。わかったから、落ち着いて。今日は、家で夕飯を食べて行ってほしいの。お母さんには、メールでお知らせしておくわね?」
「病院に行かない?」
 佐竹は、英子をうかがっていた。
「行かないでいいわ。小母さんの家に行きましょう」
 いそいそ車に乗り込む佐竹を眺め、英子は正へ目を向ける。
「今は、いいけど。後でちゃんと話して」
「階段から落ちたって言っただろ?」
「正! バカにするのもいい加減にしなさい!」
 英子は正を睨んだ。
「どうして、そうなの? お父さんとそっくりよ!」
 正の顔が強張る。
「……うるせえよ」
 佐竹の鼻歌と雨の音だけが車内に響いていた。(了)

余談

今回の参加作は、以前に書いた「ノーフューチャー」と舞台、登場人物を同じくしています。なんだか、まだゴタゴタしているようです。

牧野正の「正しい生き方」シリーズ(笑)として、また書けたらいいなと思います。

前作もご覧いただけたら幸いです。

donutno.hatenablog.com