ドーナツの穴

ドーナツの穴

twnovelを元に書いた小文を折本にしたり、EPUBにしたりします。うろ覚えな話もします。

あの時ぼくも若かった

かつては若かったこともあるドーナツです。こんにちは。
さて。本日は、通常の三割増しに懐古的かつポエムですのでご注意ください。

わけがわからなかった映画

今回は、『わけがわからなかった映画』の体験について書きたいと思います。といっても嫌いな映画の話ではありません。
自分は映画が好きなのですが、映画通ではないため理解の及ばない作品が多数あります。

※ネタバレがあります。留意ください。

気狂いピエロ


「気狂いピエロ」Pierrot Le Fou(1965仏・伊)

ヌーベルバーグの巨匠、ゴダールの傑作として名高い作品です。
ミニシアターのすぐ尻が痛くなる座席で見ました。
当時、高校生だったのですが、とにかく辛かった。

何が描かれているかわからない場面、どう反映しているのか理解しがたいセリフの連続だったのは、まだ良かったのです。問題は己の自意識でした。

大半が退屈だったにもかかわらず、上映の間中、『楽しんでいるはずだ』と繰り返し暗示をかけ続けていました。なぜなら『気狂いピエロ』は名作として評価の定まっている作品です。それを多少なりとも映画に見識のあるはずの自分が理解できないわけがないと考えたのでした。

今、思い出すと自分の愚かさにあきれるばかりですが、若かったぼくは非常に傲慢で面倒なヤツでした。

幸い社会人になってから見直す機会があり、その時は少し楽しめました。

アンナ・カリーナが可愛いなとか、その程度ですが。また、その後、見た映画のお蔭で北野武タランティーノ松田優作探偵物語のラスト*1などへの影響を感じ取れたのも良かったのかなと思います。

いまだにこの映画を理解できないでいます。結論として、ゴダールのような強力な知性には至れなかったということなのでしょう。

タルコフスキーのストーカー

この映画も同時期に見てますが、こちらは面白かったです。でも、テーマとかそういうのは全然わかりません。

単純にチェルノブイリを連想しましたが、時期が合いません。
とにかく全編がシンボルと暗喩に彩られた作品です。

あまりにも鑑賞者の教養に頼った作品は、必要なデータが提出されていないと感じてしまいます。しかし、タルコフスキーの場合は、旧ソ連体制下で制作された映画であることを考慮すべきなのでしょう。
表現が制限されているとすれば、シンボルや暗喩に頼る他ないからです。

ノスタルジア』や『サクリファイス』のような他のタルコフスキー作品では、非常に美しい情景が撮影されています。しかし、『ストーカー』は薄汚れた風景が展開するだけです。そこに美しさがないとは言いませんが、一線を画しているように感じました。

久しぶりに映画評を漁ってみようかなと思います。

ジェイコブスラダー

前二作はともかく、これもかという声が聞こえてきそうです。
本当に素人が映画を見ているだけなんですね。お恥ずかしい。

映像美の旗手、エイドリアン・ラインの作品です。ですので、ちゃんとお色気もあります。

映画をご覧になった方ならご存じですが、ラストで明確に何を描いた作品なのかが語られます。しかし、これを覆すような情報が最後に示される。
その破綻が理解しがたく、当惑させられます。

この作品は、男が自分の死を受け入れ、救済されるという話と告発映画の二つに空中分解しているような印象を持ちました。二つの要素に何ら関連づけがなされていないため混乱の中で幕を閉じるしかないのではないかという憶測です。
また、その原因として、制作側の方針転換があったのではと想像しますが、ここまでくると完全に妄想ですね。もちろん根拠は、まったくありません。

映画は非常に面白い。特に地獄巡りのくだりは白眉です。また、『ホームアローン』でブレイクする前のマコーレ・カルキンが愛らしい。まさに天使です。
現在の彼を顧みると感慨深いですね。ですが、そうするとティム・ロビンスは今、いくつなんだろうと考えたりします。

当時、『フラッシュダンス』『危険な情事』の成功で名声を得ていた監督がどうしてティム・ロビンスを主役に据えたのか。もっと有名なイケメン俳優を配することが可能だったはずなので不思議です。
チャーリー・ブラウンのような容姿、背は高いが筋肉質ではない体。しかし、服を着せると映える。面白い俳優だなと思います。

ジゼベル役のエリザベス・ペーニャの扱いは、おおらかというか、かなり無神経です。時代を感じますね。

終わりに

他にもまだありますが、この辺にします。
わかりやすい評論、解説などがありましたら、ご教示ください。

*1:探偵物語』 については、アルトマンの『ロンググッドバイ』の影響が大なので関係ないかも